ひらきなおり日記

ロスジェネのライフ

蒼井優の節約と消費税増税前の葛藤

あー、ついに消費税が10%になっちゃいましたね〜

駆け込み需要とか言って、家電や貴金属の売り上げが前年に比べて何倍もなったとか。ようござんしたね。

私は…私は…、すっごい考えたあぐねた挙句、とくに大きな買い物はしなかったよ。

その理由は、

  • 焦って結局無駄遣いしてしまう
  • 差分が大したことない
  • 輸入物は海外の免税をねらう
  • ポイントで購入する

…そう、来たるべき10%増税にそこまで悪影響はないと感じたからだ。

一番思いとどまらせたのは、差分が大したことないこと。

もし、0%からの引き上げだとビビるが、2%の差分である10万以上の買い物だと結構痛いけど、1万単位だと200円の違いなのである。

そう思ったら、大きな買い物が必要でない限り、急ぐことはないかな、と思った。

 

しかし、あとから200円の違いが高いか安いか、蒼井優の節約エピソードで思い知らされることになる…

 

grapee.jp

なんでも、クリーニングを仕上がって2日以内に取りに行くと200円安くなるからとタイミングを見て出しにいったらしい。

 

私は増税前夜に蒼井優の節約エピソードの記事を思い出し、なぜかドキドキしてしまった。

これは損得に対するドキドキではない。10,000円買っても税金800円から1,000円になるだけ、とたかをくくる女はダメと言われたような気がしたのだ。

だからと言って、私にだってそう思った理由がある。慌ててモノを買って為になったことが少ないからだ。大体あとで「どうしてこれ買った?」みたいな無駄使いが発生する。それだったら税金気にせず、然るべきタイミングで買ったほうがいい。

 

少し時間が経って、冷静に考えると節約ってする人にとって聞こえ(捉え方)が違うな、と思い始めた。要は、金持ちの節約と貧乏の節約である。

金持ちが100円でも200円でも節約すると聞こえがいいが、貧乏人が例えばチラシの特売をチェックしてスーパーに行ったり、せっせとポイントを貯めたりする行為に意を唱える人がいる。チラシの特売をチェックする時間がもったいない、そんなことばかりに時間を費やしているから貧乏になるのだ、増やすことを考えろ、と。

 

かくして、私自身がどちらに当てはまるかというと、即答で貧乏に当てはまるのだ。だから、この場合は山ちゃんの言うことなんて気にしなくていい。そして山ちゃんみたいな相手がいるわけでもないし。そう思うと安心して寝られるのだった。

高価な化粧品は女にとってのギャンブル

Netflixでも1ヶ月無料期間内に解約した私がサブスクっている動画がある。

それはニコ動チャンネル会員数1位を誇るメンタリストDaiGoの「心理分析してみた!」だ。

様々な心理分析や科学の知識・情報をほぼ毎日更新しているので、ラジオ感覚で見ている。

ch.nicovideo.jp

***

ある時、もっとも効果があるスキンケアの研究結果を紹介していた。

なんでも、アメリカ皮膚科学会(AAD)という世界的に権威のある研究機関の報告によると、効果のあるスキンケアは保湿と日焼け止めとレチノールだけだそうだ。

その他は効果がない、と。

daigoblog.jp

わかってる…わかってるよ、そんなこと…

効果がないこともわかっている。パッケージにコストがかかっていることもわかっている。原価がそんなにかかってないことも多少はわかっている。

 

でも、世の女性たちは何千円、何万円と購入してしまうのだ。

そして、「効いてるかも!」とプラセボな感じを味わいレビューしているのだ。

 

なぜ、なぜなんや…

 

スキンケアは女にとっての「コンコルド効果」

おそらく多くの女性たちは、メンタリストに「高い化粧品は効果ない!」と言われたからといって、高価な化粧品を買うことをやめないだろう。

それはおそらく「コンコルド効果」が働いているから。

コンコルド効果」とは、「埋没費用効果」の別名と言われ、ものすごいコストがかかる上に実現可能性が低いとわかりながら、それでも投資してしまう心理のことだ。そして、それまでに費やした投資のみに注目してしまい、惜しい・もったいないという気持ちが働いて、ついついやめられなくなってしまう。

勇気を振り絞って購入した時、パッケージから取り出して肌に塗布している時の恍惚たるや。これがついついやめられなくなってしまう、リピしてしまう心境である。

 

KPIは、美容部員と張り合える肌になること

ちゃんと美容やらなきゃ…と最も思ってしまうのはいつだろう?過去の色々を巡らせて考えてみた。

女友達といるときか?男性といるときか?否、違う。

美容部員と並んで自分の顔を見たときだ。

デパコスに行くと、肌の綺麗な美容部員たちが働いている。そして試しに鏡台に行くと、私と美容部員が鏡に映り込む。そして思う。「私ってなんでこんなに肌汚いんだ…!」と。

こんな心境、朝、どすっぴんの自分を鏡で見ながら化粧を始めるときには感じない。

色々と比較してしまうのだ。白い肌、つるんとした頬、絶対化粧落ちしそうにないアイラインにマスカラ、整った眉毛、みずみずしい唇…

彼女たちは、商品のお手本にならないといけないので容赦無く塗りたくっている。

そこに美しくなるためのKPI(Key Performance Indicator =重要業績評価指標)を設定するのである。そして、美容部員と並んでも違和感のない肌になるまでの過程を真剣に考察するのである。

この美容部員と同じ化粧品を使うべきか、コストのかからない化粧品でカバーできるか、そもそも化粧品だけでいいのか、食事や髪型や服装はどうすればいいか、など。

そうすると自ずと、どんな成分が自分の肌にはいいのかがなんとなくわかってくる。

で、i herbとか検索しちゃったりして。

jp.iherb.com

わかっているけど、やっぱり…

でも、実験に使うような成分表記のみが記載されたシンプルなパッケージを見ると萎えてしまうのだ。これでいいのか、と。

しかし、そんな時、美しくなるためのKPIを思い出して方向性を正しい向きに変える。

そうすると、次回は美容部員と並んで映った自分の顔を堂々と見ることができるのである。

「あ、あれ?まだなんか足りないぞ??」そう思ったら、今度は美しくなるためのPDCAが始まるのだが…

苦手なヤツから逃げる工夫

天王寺動物園のシマウマが、エランドに刺殺されるという事件が起こった。同じエリアにいた二匹は口論でもしたのか、カッとなったエランドの「角突き」※という煽り運転にも似た攻撃により、命を落とした。

*1

www.city.osaka.lg.jp


何だか雰囲気が良くない場所は会社だけじゃなかった

もう10年以上前になるが、1度あの動物園には行ったことがある。その時の様子たるや。ほとんどの動物が寝そべってやる気を出していなかった。百獣の王と言われるライオンはすでに老人で毛並みもよくない。ただただ、「また人間きてるわ」程度の態度である。子どもがワクワクして見にくる場所なのに、なんだか雰囲気がよくない。まるで会社にいるようなどんよりとした空気が立ち込めていた。そこにきて、このニュースである。天王寺動物園は、生態的展示(ランドスケープイマージョン)と言われる、その生物が野生で生息していた時と同じような環境を再現していて、そこに放たれた動物たちを見ることができる。つまり、部署間を跨いでOKなフリーアドレスのような感じだ。しかし、広々とした自然と動物園は違う。柵や檻がなくなっても狭い世界は変わらない。

 

誰が責任取ってもいじめはなくならない

一つのフロアにひしめき合うのは、人間も動物も心身によくない。多様性が求められている時代だが、自分と違う人と仲良くしたり、尊重しあうことは難しい。多様性のメリットはプロジェクトが円滑に回せることであって、人間関係(動物もそうなのだが)が円滑になることではない。

とくに子どもは多様性のニーズを実感するほど、まだ長く生きていない。狭い世界に閉じ込められて個性だの多様性だの振りかざされてはたまったものではない。

つい最近、いじめ問題について、教育長がこんな発言をした。

「学校は命かけてまで行くところではありません」

www.asahi.com

正直、いじめはなくならない。いじめによる自殺が起きた時、マスコミは責任の所在を学校に向ける。けれど、そんなことをしたって教育委員会にも現状を維持しながらいじめをなくすなんてできないのだ。

いじめは、子どもだけでなく、職場やママ友など大人の中でもあることで、集団になると起きやすいことなのだ。

例えば、いじめっ子といじめられっ子とそれ以外がいたとして、いじめられっ子が転校するなどしてその場所を離れる。すると、それ以外の子の中からいじめられっ子が生まれるのである。いじめがなくなる、と言う考え方はない。逆にいじめっ子がいじめられっ子になって、それ以外がいじめっ子になる可能性もある。

 

ヒトは「いじめ」をやめられない (小学館新書)
 

 

自分の立ち位置、じゃなくて逃げ場所を探す

これは、個人の問題というより、いじめが起こりやすい環境を作ってしまうというのも一理ある。

動物だって、生息エリアが同じだからというだけで生活をともにしてこんな事件になるのだから、人間なんてよっぽどだ。

要は、無理やり距離感を縮めることに問題がある。 ちょっとでも気が合わないな、と思う人がいれば少しでも離れるのがいい。

どうも日本人は?嫌な人間に対してどう立ち向かうかを考えるのが下手な気がする。

大抵、懐に入ろうとする。無理だし無駄なのに。

懐に入って受け入れてくれると思うのだろうか。次の日から、お互い仲良くなるイメージが湧くのだろうか。

もし仲良くなったとしても、自分だって昨日までやられ続けた相手にニコニコできない。

自分の気持ちに手を当てて考えてみる。仲良くなりたいか、今後も仲良くなれないか。そしてさらに考えてみる。コイツ(嫌いなヤツ)と一生会わなくていいかどうか。

一生会わなくていいんだったら離れる方法を考えるべきである。

会社員だったら、転職、(人事に嫌がらせを受けていることを訴えて)異動、などなど。学生だったら、転校、クラス替えしてもらう、先生に相談して解決できるまで学校に行かないなど。小学校は義務教育だし、中学も高校進学に差し支えない程度で休んでもいいと思う。

あとは会社や学校以外の世界を見ること。これに尽きる。ネット上でもいいから会社や学校以外の人と知り合って話をすることで新たな逃げ場所(世界)が見つかる。ブログに書くのもいい。

 

シマウマのヒデヨシだってアフリカにいれば、エランドに睨まれてもシマウマ同士、あのシマ模様で惑わして逃げれたはず。たとえ同じ世界に生きていても。

*1:縄張りや恋の争いを起こしたときの攻撃

表面的なことだけでワーワー騒ぐのは受身教育のせいか

1ヶ月前くらいから話題になっているネットフリックスのドラマ「全裸監督」。

AV業界の一時代を築いた村西とおるのノンフィクションだが、彼の代表的な作品に出演していた女優黒木香に許諾を得ている得ていないで、Twitterが炎上していたのでその件について思うところを書く。

 

なぜ人はタイトル見ただけでカッとなってリツイートするのか

ことの発端は、女子SPAのこの記事。

joshi-spa.jp

 タイトルは、「~同意は?」で始まっているが、同意があったかなかったかについては書かれていない。しかし、ネットフリックスの広報は「黒木香は関与していない」と答えている。サッと読んでしまうと「同意=関与」つまり同意していないと租借されかねない書き方になっている。ただ、おそらくそれが記者ならびに編集者の本意だろう。
だって、「黒木香は同意しているが、関与してないようだ」と書いてしまうと読者は「で?」となってしまうからだ。
おそらく、取材して思ってたんと違う!どうしよう…これじゃ記事にしても拡散してもらえない!!と思って、今回のような記事になったのだろう。
そもそも、このドラマは本が原作。もし黒木香に許諾を得ていなかったら、本の段階で訴えられているだろう。

全裸監督 村西とおる伝

全裸監督 村西とおる伝

 

 

入江はどうなった??

おそらく既に忘却の彼方かもしれない吉本興業の問題でもそう。事の発端は、反社のイベントに請け負ったカラテカの入江が契約解除になったこと。そこから、複数の芸人が出演し、大金を受け取り、それを会社に隠していた、ということが芋づる式で判明した。

だけど、注目されたのは芋づるのところで根幹のところは適当だったりする。あのグダグダの岡本社長の記者会見もみんな腹を立てただけで解散。芸人はいままで契約書がなかった~。以降、なにも聞かない。私としては、宮迫は契約解除を免れているけれど、入江の処分はどうなったのか?解除のまま??そのあたりも闇雲になっているが、視聴者はそれはそれで納得してるんだな。Twitterでも契約解除以降、騒がれてない。

 

深掘りせずに信用してしまう

なんでみんな気にしないんだろう、と思うのは私だけか。「サイテー」「ひどい」と言っただけで気分が治るのだろうか。このサイテーな内容はどうしたら良くなるのか、本当にひどいのか、など怒りの先にある答えを探ることが少ない気がする。
これは、日本人の育ちがいいせいか。受身教育のせいか。素直な国民性からなのか。
だからと言って、日本人がみんないい人ばかりではない。ネット上で非難する人はまだしも悪徳商法や詐欺で大金を巻き上げる人だっている。


受身がクセになっている

結構昔から受身教育はダメだ!いろんなことに疑問をもったり想像力を育てないとダメだ!と言われ続けてきた。だけどここにもトラップがあって、結局否定しているだけでどうすればいいのか教えてくれない。誰も納得はしているのに、受身教育が具体的にどういうもので逆にどうならなきゃいけないのか、"how"のところは知らなかったりする。そうやって、否定しながらも改善することのできないまま大人になると、自己啓発本などに感化されていざ改めようと思ってもついつい受身になってしまうのだ。
そして、そもそも自己啓発本に書いてある内容を鵜呑みにしてしまうことも受身からくることなのだ。まさに受身のループ。

とりあえず受身にならないようにするには、はやく答えを欲しがってタイトルだけ読んで知った気になったり、適当な自己啓発本に手を出して満足しないことだ。そして、急がば回るのである。

会社に大きな損失を出した人がなぜか昇進した話

会社の評価制度について、年功序列の意識がなくなりつつある今、老舗の大手企業以外は、組織体制が大きく変化しているところがあるのではないだろうか。

私の今いる会社も同じで、今までだったら新人→中堅→シニアレベル→リーダーみたいなステップを踏んだ階層だけだったが、そこにプロフェッショナルという項目が追加された。とはいえ、プロフェッショナルな肩書きを持つ人を見たことがない。

・・・

まぁ、世間一般の動きは置いといて、私が遭遇したヘンテコな人事について書いてみる。

 

出世欲のある有望な人が突然退職

先日、別部署ではなるがコンスタントに昇進していた同僚が突然退職してしまった。ポジションも給料もいいのに、である。

ウワサによると、あるプロジェクトで大きな失敗をし、会社に損失を出した人が自分より先に昇進したからだそうな。私も損失を出していることは知っていたが、担当者が昇進したことは知らなかった。

ちなみにそのチームは、彼以外にも同時期に退職した人が何人かいた。

何が理由で昇進させたのかは知らないが、マネージャー陣の今後の評価について疑問を感じたのとモチベーションが下がって去っていったのだろう。

そりゃ、そんなことされたら何を正解にすればいいかわからなくなりますよね。

 

何故こんなことが起きるのか

周囲の憶測では、うまく渡り歩いて(いわゆるゴマすり的な)いた人だったのではないかということで一旦ウワサ話を終了したが、私自身はまだわだかまりがあった。

そこで「失敗した人 出世」で検索したところ、どうやらこのような評価は世間一般でもあるようだ。

next.rikunabi.com

損失を出した人がどうして昇進したのか。それは以下のようなことが考えられる。

  • 上司の課題に果敢に取り組んでの失敗だったから。
  • 失敗に関するロジックが正当だった。
  • プロジェクトは失敗したが責任者としての責務を全うした。
  • プロジェクトは失敗しても次回のプロジェクトは成功させる見込みを感じた。
  • 評価した人以外、同僚や部下からも信頼が厚いように見受けられた。

まぁ、そんな理由だと納得は行きます。ただ今回は、同じチームの人が何人も退職してしまうという結果を招いた。ということは、そんなに信頼の厚い人ではなかったようだ。

そして、そのプロジェクトは失敗する前からリスクを噂されていた。プロジェクトに関わってない人でもわかるくらいのリスクだった。

 

縦割りの組織体制の危うさ

評価が各部署で異なるのは当然だ。業務内容が違うのだから。逆にそれを逆手にとって専門外の人間は口を出すな、というのも間違っている気がする。口は出さなくても、見えてるものは見えている。
専門外だからと言って、ベースにあるもの(たとえば資料の作り方やスケジュールの管理など)は共通認識を持たなければ意味がない。それができて当たり前なのだが、意外とそういうところができない人がいたりする。(つまり、クライアントに迷惑かける)

そういう負のループを生んでいるのは、縦割りの組織体制で、外からだと何をしているのかわからない、具体性に欠けるところをおざなりにしているからだ。
例えば、一方の部署では「こんなの使えない」と思われる企画書でも、他方の部署ではOKを出してクライアントに堂々と見せるとか。
それもこれもパフォーマンスの標準値の統一化がされてないからだろう。
そんなところで他部署と総合で評価が決まるのであれば、たまったものではない。
でも、意外と大手企業にはそんなことがあるんじゃないかな。「大手」という肥後の元で仕事をしていたら、自分が正解という根拠なき自身が湧いてくる人はたくさんいると思う。
辞めていった人たちが、今納得のいく転職をしていたらいいのだが。
「会社」という組織でどんぐりの背比べに夢中になってもバカバカしいと一蹴するくらいでいいのだと思う。

自分を卑下していた時の恋愛

つい最近(3年くらい前?)までかな、自分が大嫌いだった

どうして私のような魂が生まれてしまったのか、本気で悩んでいた。

それを忘れようと日々朝起きて、家を出て、会社に行って、仕事をしていた。

家に帰って一人になると、また自分の不甲斐なさに凹んだ。

でも、長く生きれば生きるほど、悩むことに疲れる。毎日毎日凹むと、凹むことに疲れる。なんか、疲れてきたー、悩んでも明日変われるわけじゃねー、寝よう!

それを繰り返していると以前ほど自分を責めることはなくなった。(今でも中の下かなー、って思うことはあるけれど)

 

 当然、こんなん(←自分を卑下していること)で恋愛なんてうまくいきっこない。

結婚なんて滅相もない。

 

「私なんかと付き合ってくれてありがとう」から始まる

付き合っってくれる男性には、何度も「私なんかでいいの?」と聞いていた。本当に不思議だった。なぜ私を選択したのか、私のどこがよくて付き合うのか。私はさっぱりわからない。だから感謝でしかない。感謝することはいいことだと思うが、はじめっから対等な関係じゃない。そこが相手を困らせる一因だったと思う。

 

はじめから「いつか振られる」と思ってしまう

付き合っている間も「私なんかと付き合うってことは、なんかウラがあるに違いない」とか「いつか好きな子ができたり、嫌われて振られる」というネガティブな考えばかりが浮かんだ。彼といる幸せを噛み締めると同時に、いつかくる「別れ」を思うと不安でしょうがなくなる。でも、今付き合ってるだけでも幸せじゃん!という自分がいる。幸せと不安が頭上でケンカして、もう何が何だか、訳わからなくなっていた。

 

振られる時のセリフは大体「一緒にいると辛くなる」

そんな私に彼(ら)たちも困惑気味だった。一緒にいて楽しいはずなのに、涙がこぼれたりするのだから。相手は「な、なんで?」と思う。私も彼だったらそう思う。「いつか別れる」と口走ると、当然怒られる。別れることがわかっていたら、付き合わない。そりゃ、そーだ。そして、今まで付き合った人のほとんどに、決まって最後に「一緒にいると辛くなる」と言われるのだった。

 

結婚を意識する人とは恐れ多くて付き合えません

そうやって、付き合っては別れ、付き合っては別れしてくるとどんどん歳も取ってくる。付き合う相手も「結婚」を意識する人が現れるのだが、自己否定のすごい私は家族のイメージが全くつかない。
お互いの両親に挨拶に行き、兄弟、親戚と顔合わせをし、お盆正月には連絡をとる。
そんなの身分相応じゃない!
そう思ってしまうと、「…結婚はないかな」とポロっと言ってしまうのである。
そうして、「おまえ、いい歳して結婚したいとか思わないのかよ」と捨て台詞を言われてサヨナラするのである。(でも、そんなこと言うヤツとは別れてよかったよ、ほんと)

 

つくしてつくしてつくしてつかれる

逆に自己肯定感の低い人によくあるのが、尽くしてしまうタイプ。私はまさにそれだった。家事洗濯もしたし、ご飯もおごったし、彼氏が病気になれば飛んでいって看病した。でも、そんなことは特にありがたく思われないんだよね。逆に迷惑している人もいたかな。

特に見返りなんて求めていなかったけど、私みたいな人間と付き合ってくれているんだから、これくらいできないと。と、思っていたところがある。

しかしながら、お金も削られ(実際、結構貸して返ってこなかったこともある)、時間も削るとなると何をやっているんだろう、という気持ちになってきてドッと疲れた。

 

自己否定の総決算「自分の希望なんておこがましい」

結局、自分が何がしたいのかわからない。というか、何がしたいなんて希望をいうなんて滅相もないと思ってしまう。

そんな気持ちになると、正直ゴールが見えなくなるのでさらに訳わからなくなるのであった。恋愛をしているときは、幸せと不安や虚しさが屈折した複雑な気持ちになって、この状況が自分にとっていいのか悪いのか判断できない感覚だった。そんな気持ちがずっと続いた。

 

「死」が近くなって自分に素直になってみると

そして、結局別れて、最初は涙が止まらないのだが、泣き疲れてベッドでゴロゴロし始めると、あ、もういろいろ気にしなくていいんだ、と気づく。相手の顔色とか、結婚とか考えなくていいんだなと思うと急に気持ちが軽くなる。
フリーダム!!!
歳を重ねれば、当然死が近づいてくる。残された時間を考えると、愛だとか恋だとかで悩む暇がなくなるのである。

この世でパーっと楽しまないと!!もっと自分のために時間を使わないと!!!

以前、元カレからなぜか1年ぶりにLINEがきた。当然ブロック。あの頃に戻りたいなんて全く思わなかった。別れてよかったという気持ちしかなかった。

 

自分の気持ちに素直に向き合う。本当に自分は今の状態がいいのか、悪いのか。居心地なのである。感覚である。アタマで考えたり、理屈で考えてはいけない。
そうやって、自分の感覚に素直に従うのが自己肯定感なのかな、と思うと、一人で居ようが誰かと居ようが自分を責めたり、卑下することも徐々になくなっていきましたとさ。

 

就職氷河期から抜けられない私たち

なんですか、これは。

www.sankei.com

 

どんな人たちが応募しているのか、気になるが、なぜ一か八かなこと(というよりほとんど受かる見込みない)に挑戦しようとするのか。

 

からないことに慣れてしまっている世代

…そう、氷河期世代のダメなところは、苦しむことに慣れてしまっていること。

公務員に何回落ちてもまた受ける、ブラック企業に入っても我慢して働く…

それが当たり前だと思っているところだ。

そうやって、我慢して我慢して年を取っていく。そして、身についたスキルといえば、我慢することだけ。そのスキル、欲しい?

ロスジェネが我慢し続けている間に、時間は経った。今の20代−30代が引く手数多で昇給目当てでジョブホッピングしているのに、ロスジェネは慣れない環境を転々としている。

 

同じ世代の同僚がほとんどいない

最近、40代の女性が転職してきた。おそらくマネージャークラスなのだろうが、やたら周囲に気を遣う。もっと堂々としていていいのにな、と思う。

ただ、私もこんな忠告をされたことがあった。

「もう、ひらきさんの時代とは違うんですよ」

そう言われると、何が違うの?とか思うのだが、確かに時代や考え方が違うと否定されると、「じゃあ、どうすりゃいいのよ!?」と混乱してしまう。

おそらく彼女もそうなのだろう。

ロスジェネは、転職組がほとんどだ(今の会社自体、新卒の頃にはなかったからなのだが…)大手に就職できるのは、一握り。ほとんどの人が零細企業、中小企業になんとか就職してステップアップしてきた人間ばかり。でも、とくに女性は、そのステップアップから離脱する。20年くらい前までは、女性は25歳以上は転職できない、30歳なんてもっての他などと言われ続けた。

だからといって、生活しなければならないので転職を繰り返したのですが。転職を繰り返してわかったのは、同世代の同僚がほとんどいないってこと。

だから年齢だけでマイノリティなのだ。肩身が狭い…

 

これからの転職だってロスジェネは氷河期

人手不足と言われても、ロスジェネにとって就職は狭き門。

さすがに働き続けて、スキルを身につければ役職やマネージャークラスになる人もいるだろう。でもそのステータスで転職はなかなか難しい。何人もマネージャーはいらないのだ。かといって平社員だったら、「今までどんなキャリア積んできたんですか?」と詰められる。

どっちにせよ、採用担当者は「うーん」と頭をかしげるだろう。

私も今の会社を脱出しようとして、何社か会社を受けました。同世代の先輩で受けた人もいる。20代、30代ヒョイヒョイ転職していく中で、取り残されるロスジェネ。

 

いつまで経っても就職氷河期の挙句

たくさん仕事のことで悩んだ。いろんな、周囲の、同世代の働き方を見てきた。そこで思った。

あんまり、仕事、仕事って考えるもんじゃねーな。

もう、今しかないのである。なぜならロスト(失われた)ジェネレーションなのだから。失うものは何もない。

過去も未来もあるか、バカヤロー

くらいに思っておいたほうがいい。

悩むことに時間を使うのがもったいない。あとは、我慢しないこと。自分の気持ちに素直になること。これをグッと抑えてしまうことが絶対よくないということだけは、言える。そして、外を見る。たくさん見る。広い世界を見る。そこに自分が我慢せずに生きる術が絶対にあるはずだから。

失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学

失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学