ひらきなおり日記

ロスジェネのライフ

表面的なことだけでワーワー騒ぐのは受身教育のせいか

1ヶ月前くらいから話題になっているネットフリックスのドラマ「全裸監督」。

AV業界の一時代を築いた村西とおるのノンフィクションだが、彼の代表的な作品に出演していた女優黒木香に許諾を得ている得ていないで、Twitterが炎上していたのでその件について思うところを書く。

 

なぜ人はタイトル見ただけでカッとなってリツイートするのか

ことの発端は、女子SPAのこの記事。

joshi-spa.jp

 タイトルは、「~同意は?」で始まっているが、同意があったかなかったかについては書かれていない。しかし、ネットフリックスの広報は「黒木香は関与していない」と答えている。サッと読んでしまうと「同意=関与」つまり同意していないと租借されかねない書き方になっている。ただ、おそらくそれが記者ならびに編集者の本意だろう。
だって、「黒木香は同意しているが、関与してないようだ」と書いてしまうと読者は「で?」となってしまうからだ。
おそらく、取材して思ってたんと違う!どうしよう…これじゃ記事にしても拡散してもらえない!!と思って、今回のような記事になったのだろう。
そもそも、このドラマは本が原作。もし黒木香に許諾を得ていなかったら、本の段階で訴えられているだろう。

全裸監督 村西とおる伝

全裸監督 村西とおる伝

 

 

入江はどうなった??

おそらく既に忘却の彼方かもしれない吉本興業の問題でもそう。事の発端は、反社のイベントに請け負ったカラテカの入江が契約解除になったこと。そこから、複数の芸人が出演し、大金を受け取り、それを会社に隠していた、ということが芋づる式で判明した。

だけど、注目されたのは芋づるのところで根幹のところは適当だったりする。あのグダグダの岡本社長の記者会見もみんな腹を立てただけで解散。芸人はいままで契約書がなかった~。以降、なにも聞かない。私としては、宮迫は契約解除を免れているけれど、入江の処分はどうなったのか?解除のまま??そのあたりも闇雲になっているが、視聴者はそれはそれで納得してるんだな。Twitterでも契約解除以降、騒がれてない。

 

深掘りせずに信用してしまう

なんでみんな気にしないんだろう、と思うのは私だけか。「サイテー」「ひどい」と言っただけで気分が治るのだろうか。このサイテーな内容はどうしたら良くなるのか、本当にひどいのか、など怒りの先にある答えを探ることが少ない気がする。
これは、日本人の育ちがいいせいか。受身教育のせいか。素直な国民性からなのか。
だからと言って、日本人がみんないい人ばかりではない。ネット上で非難する人はまだしも悪徳商法や詐欺で大金を巻き上げる人だっている。


受身がクセになっている

結構昔から受身教育はダメだ!いろんなことに疑問をもったり想像力を育てないとダメだ!と言われ続けてきた。だけどここにもトラップがあって、結局否定しているだけでどうすればいいのか教えてくれない。誰も納得はしているのに、受身教育が具体的にどういうもので逆にどうならなきゃいけないのか、"how"のところは知らなかったりする。そうやって、否定しながらも改善することのできないまま大人になると、自己啓発本などに感化されていざ改めようと思ってもついつい受身になってしまうのだ。
そして、そもそも自己啓発本に書いてある内容を鵜呑みにしてしまうことも受身からくることなのだ。まさに受身のループ。

とりあえず受身にならないようにするには、はやく答えを欲しがってタイトルだけ読んで知った気になったり、適当な自己啓発本に手を出して満足しないことだ。そして、急がば回るのである。

会社に大きな損失を出した人がなぜか昇進した話

会社の評価制度について、年功序列の意識がなくなりつつある今、老舗の大手企業以外は、組織体制が大きく変化しているところがあるのではないだろうか。

私の今いる会社も同じで、今までだったら新人→中堅→シニアレベル→リーダーみたいなステップを踏んだ階層だけだったが、そこにプロフェッショナルという項目が追加された。とはいえ、プロフェッショナルな肩書きを持つ人を見たことがない。

・・・

まぁ、世間一般の動きは置いといて、私が遭遇したヘンテコな人事について書いてみる。

 

出世欲のある有望な人が突然退職

先日、別部署ではなるがコンスタントに昇進していた同僚が突然退職してしまった。ポジションも給料もいいのに、である。

ウワサによると、あるプロジェクトで大きな失敗をし、会社に損失を出した人が自分より先に昇進したからだそうな。私も損失を出していることは知っていたが、担当者が昇進したことは知らなかった。

ちなみにそのチームは、彼以外にも同時期に退職した人が何人かいた。

何が理由で昇進させたのかは知らないが、マネージャー陣の今後の評価について疑問を感じたのとモチベーションが下がって去っていったのだろう。

そりゃ、そんなことされたら何を正解にすればいいかわからなくなりますよね。

 

何故こんなことが起きるのか

周囲の憶測では、うまく渡り歩いて(いわゆるゴマすり的な)いた人だったのではないかということで一旦ウワサ話を終了したが、私自身はまだわだかまりがあった。

そこで「失敗した人 出世」で検索したところ、どうやらこのような評価は世間一般でもあるようだ。

next.rikunabi.com

損失を出した人がどうして昇進したのか。それは以下のようなことが考えられる。

  • 上司の課題に果敢に取り組んでの失敗だったから。
  • 失敗に関するロジックが正当だった。
  • プロジェクトは失敗したが責任者としての責務を全うした。
  • プロジェクトは失敗しても次回のプロジェクトは成功させる見込みを感じた。
  • 評価した人以外、同僚や部下からも信頼が厚いように見受けられた。

まぁ、そんな理由だと納得は行きます。ただ今回は、同じチームの人が何人も退職してしまうという結果を招いた。ということは、そんなに信頼の厚い人ではなかったようだ。

そして、そのプロジェクトは失敗する前からリスクを噂されていた。プロジェクトに関わってない人でもわかるくらいのリスクだった。

 

縦割りの組織体制の危うさ

評価が各部署で異なるのは当然だ。業務内容が違うのだから。逆にそれを逆手にとって専門外の人間は口を出すな、というのも間違っている気がする。口は出さなくても、見えてるものは見えている。
専門外だからと言って、ベースにあるもの(たとえば資料の作り方やスケジュールの管理など)は共通認識を持たなければ意味がない。それができて当たり前なのだが、意外とそういうところができない人がいたりする。(つまり、クライアントに迷惑かける)

そういう負のループを生んでいるのは、縦割りの組織体制で、外からだと何をしているのかわからない、具体性に欠けるところをおざなりにしているからだ。
例えば、一方の部署では「こんなの使えない」と思われる企画書でも、他方の部署ではOKを出してクライアントに堂々と見せるとか。
それもこれもパフォーマンスの標準値の統一化がされてないからだろう。
そんなところで他部署と総合で評価が決まるのであれば、たまったものではない。
でも、意外と大手企業にはそんなことがあるんじゃないかな。「大手」という肥後の元で仕事をしていたら、自分が正解という根拠なき自身が湧いてくる人はたくさんいると思う。
辞めていった人たちが、今納得のいく転職をしていたらいいのだが。
「会社」という組織でどんぐりの背比べに夢中になってもバカバカしいと一蹴するくらいでいいのだと思う。

自分を卑下していた時の恋愛

つい最近(3年くらい前?)までかな、自分が大嫌いだった

どうして私のような魂が生まれてしまったのか、本気で悩んでいた。

それを忘れようと日々朝起きて、家を出て、会社に行って、仕事をしていた。

家に帰って一人になると、また自分の不甲斐なさに凹んだ。

でも、長く生きれば生きるほど、悩むことに疲れる。毎日毎日凹むと、凹むことに疲れる。なんか、疲れてきたー、悩んでも明日変われるわけじゃねー、寝よう!

それを繰り返していると以前ほど自分を責めることはなくなった。(今でも中の下かなー、って思うことはあるけれど)

 

 当然、こんなん(←自分を卑下していること)で恋愛なんてうまくいきっこない。

結婚なんて滅相もない。

 

「私なんかと付き合ってくれてありがとう」から始まる

付き合っってくれる男性には、何度も「私なんかでいいの?」と聞いていた。本当に不思議だった。なぜ私を選択したのか、私のどこがよくて付き合うのか。私はさっぱりわからない。だから感謝でしかない。感謝することはいいことだと思うが、はじめっから対等な関係じゃない。そこが相手を困らせる一因だったと思う。

 

はじめから「いつか振られる」と思ってしまう

付き合っている間も「私なんかと付き合うってことは、なんかウラがあるに違いない」とか「いつか好きな子ができたり、嫌われて振られる」というネガティブな考えばかりが浮かんだ。彼といる幸せを噛み締めると同時に、いつかくる「別れ」を思うと不安でしょうがなくなる。でも、今付き合ってるだけでも幸せじゃん!という自分がいる。幸せと不安が頭上でケンカして、もう何が何だか、訳わからなくなっていた。

 

振られる時のセリフは大体「一緒にいると辛くなる」

そんな私に彼(ら)たちも困惑気味だった。一緒にいて楽しいはずなのに、涙がこぼれたりするのだから。相手は「な、なんで?」と思う。私も彼だったらそう思う。「いつか別れる」と口走ると、当然怒られる。別れることがわかっていたら、付き合わない。そりゃ、そーだ。そして、今まで付き合った人のほとんどに、決まって最後に「一緒にいると辛くなる」と言われるのだった。

 

結婚を意識する人とは恐れ多くて付き合えません

そうやって、付き合っては別れ、付き合っては別れしてくるとどんどん歳も取ってくる。付き合う相手も「結婚」を意識する人が現れるのだが、自己否定のすごい私は家族のイメージが全くつかない。
お互いの両親に挨拶に行き、兄弟、親戚と顔合わせをし、お盆正月には連絡をとる。
そんなの身分相応じゃない!
そう思ってしまうと、「…結婚はないかな」とポロっと言ってしまうのである。
そうして、「おまえ、いい歳して結婚したいとか思わないのかよ」と捨て台詞を言われてサヨナラするのである。(でも、そんなこと言うヤツとは別れてよかったよ、ほんと)

 

つくしてつくしてつくしてつかれる

逆に自己肯定感の低い人によくあるのが、尽くしてしまうタイプ。私はまさにそれだった。家事洗濯もしたし、ご飯もおごったし、彼氏が病気になれば飛んでいって看病した。でも、そんなことは特にありがたく思われないんだよね。逆に迷惑している人もいたかな。

特に見返りなんて求めていなかったけど、私みたいな人間と付き合ってくれているんだから、これくらいできないと。と、思っていたところがある。

しかしながら、お金も削られ(実際、結構貸して返ってこなかったこともある)、時間も削るとなると何をやっているんだろう、という気持ちになってきてドッと疲れた。

 

自己否定の総決算「自分の希望なんておこがましい」

結局、自分が何がしたいのかわからない。というか、何がしたいなんて希望をいうなんて滅相もないと思ってしまう。

そんな気持ちになると、正直ゴールが見えなくなるのでさらに訳わからなくなるのであった。恋愛をしているときは、幸せと不安や虚しさが屈折した複雑な気持ちになって、この状況が自分にとっていいのか悪いのか判断できない感覚だった。そんな気持ちがずっと続いた。

 

「死」が近くなって自分に素直になってみると

そして、結局別れて、最初は涙が止まらないのだが、泣き疲れてベッドでゴロゴロし始めると、あ、もういろいろ気にしなくていいんだ、と気づく。相手の顔色とか、結婚とか考えなくていいんだなと思うと急に気持ちが軽くなる。
フリーダム!!!
歳を重ねれば、当然死が近づいてくる。残された時間を考えると、愛だとか恋だとかで悩む暇がなくなるのである。

この世でパーっと楽しまないと!!もっと自分のために時間を使わないと!!!

以前、元カレからなぜか1年ぶりにLINEがきた。当然ブロック。あの頃に戻りたいなんて全く思わなかった。別れてよかったという気持ちしかなかった。

 

自分の気持ちに素直に向き合う。本当に自分は今の状態がいいのか、悪いのか。居心地なのである。感覚である。アタマで考えたり、理屈で考えてはいけない。
そうやって、自分の感覚に素直に従うのが自己肯定感なのかな、と思うと、一人で居ようが誰かと居ようが自分を責めたり、卑下することも徐々になくなっていきましたとさ。

 

就職氷河期から抜けられない私たち

なんですか、これは。

www.sankei.com

 

どんな人たちが応募しているのか、気になるが、なぜ一か八かなこと(というよりほとんど受かる見込みない)に挑戦しようとするのか。

 

からないことに慣れてしまっている世代

…そう、氷河期世代のダメなところは、苦しむことに慣れてしまっていること。

公務員に何回落ちてもまた受ける、ブラック企業に入っても我慢して働く…

それが当たり前だと思っているところだ。

そうやって、我慢して我慢して年を取っていく。そして、身についたスキルといえば、我慢することだけ。そのスキル、欲しい?

ロスジェネが我慢し続けている間に、時間は経った。今の20代−30代が引く手数多で昇給目当てでジョブホッピングしているのに、ロスジェネは慣れない環境を転々としている。

 

同じ世代の同僚がほとんどいない

最近、40代の女性が転職してきた。おそらくマネージャークラスなのだろうが、やたら周囲に気を遣う。もっと堂々としていていいのにな、と思う。

ただ、私もこんな忠告をされたことがあった。

「もう、ひらきさんの時代とは違うんですよ」

そう言われると、何が違うの?とか思うのだが、確かに時代や考え方が違うと否定されると、「じゃあ、どうすりゃいいのよ!?」と混乱してしまう。

おそらく彼女もそうなのだろう。

ロスジェネは、転職組がほとんどだ(今の会社自体、新卒の頃にはなかったからなのだが…)大手に就職できるのは、一握り。ほとんどの人が零細企業、中小企業になんとか就職してステップアップしてきた人間ばかり。でも、とくに女性は、そのステップアップから離脱する。20年くらい前までは、女性は25歳以上は転職できない、30歳なんてもっての他などと言われ続けた。

だからといって、生活しなければならないので転職を繰り返したのですが。転職を繰り返してわかったのは、同世代の同僚がほとんどいないってこと。

だから年齢だけでマイノリティなのだ。肩身が狭い…

 

これからの転職だってロスジェネは氷河期

人手不足と言われても、ロスジェネにとって就職は狭き門。

さすがに働き続けて、スキルを身につければ役職やマネージャークラスになる人もいるだろう。でもそのステータスで転職はなかなか難しい。何人もマネージャーはいらないのだ。かといって平社員だったら、「今までどんなキャリア積んできたんですか?」と詰められる。

どっちにせよ、採用担当者は「うーん」と頭をかしげるだろう。

私も今の会社を脱出しようとして、何社か会社を受けました。同世代の先輩で受けた人もいる。20代、30代ヒョイヒョイ転職していく中で、取り残されるロスジェネ。

 

いつまで経っても就職氷河期の挙句

たくさん仕事のことで悩んだ。いろんな、周囲の、同世代の働き方を見てきた。そこで思った。

あんまり、仕事、仕事って考えるもんじゃねーな。

もう、今しかないのである。なぜならロスト(失われた)ジェネレーションなのだから。失うものは何もない。

過去も未来もあるか、バカヤロー

くらいに思っておいたほうがいい。

悩むことに時間を使うのがもったいない。あとは、我慢しないこと。自分の気持ちに素直になること。これをグッと抑えてしまうことが絶対よくないということだけは、言える。そして、外を見る。たくさん見る。広い世界を見る。そこに自分が我慢せずに生きる術が絶対にあるはずだから。

失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学

失われた場を探して──ロストジェネレーションの社会学

 

 

意外と気付かない。有休が不労所得であることを

不労所得」それは、魔法の言葉。検索して意味を調べてみると、印税や家賃収入、株、年金、ベーシックインカム悪徳商法の謳い文句などと書いてある。

ということは、会社勤めをしている人であれば、そのいずれかを該当しないと手にできない代物のように感じる。しかーし。よーく考えて見たら、会社員になるだけで与えられる不労所得があるんです。

答えは簡単で、「有給休暇」のこと。働いていなくても、賃金が発生する日です。

けれど、有給休暇を完全に消化したことある人はおそらく少ないでしょう。

 

労働時間の短縮と同時に給与も減った、と嘆く前に

4月の働き方改革施行によって、去年以上に労働時間の管理が厳しくなってきている。仕事の量は変わらないのに時間だけが制限されているため、早朝出勤やランチ時間を抜いて(ながらで)仕事に集中する人もいるようだ。また、仕事における疲労感の軽減に合わせて給料が減った、と嘆く人も多いのではないだろうか。

gendai.ismedia.jp

これまでの日本の就労制度は、「残業してナンボ」という工数重視の考え方があった。

なので、余暇が増えれば給与が減る、給与が増えれば余暇が減る、というシーソーゲームの考え方に固執すれば、現在の働き方にも不安を感じるだろう。
理想は、一個人に対してのバリューに対する対価がそのまま給与に反映されることだが、社長クラスにならない限り、人事制度を変えることはできないし、たとえ社長クラスでも稟議を通すのに時間がかかる。
だからといっておずおずと従うとストレスになるだけ。では、どうすればいいのか。

 

こーなったら、働く環境をフル活用するべき

こうやって、国の制度やら会社の体制をウジウジ考えていたら(←それは私だけか?)、仕事するのがバカバカしくなりません?

会社で働く目的は、生活するための資産、つまりお金を儲けることが最大の目的。けれど、限度(額)がある。

いくらパフォーマンスを見せたところで柔軟な会社でない限り、給与は青天井じゃない。(特に日本の会社は)

だからといって、そのまま働くのも悔しい。だからこそ、お金に変わる何か、を探すんです。

それが、どこの企業にもある「福利厚生」と言われるもの。

 

今でこそ「有給休暇」のあり方を見直すべき

中でも、私たちがよく知っているのに、実はフル活用していない福利厚生がある。それが、「有給休暇」なのだ。かくいう私も、有給休暇を完全消化したことはない。

かなり頑張っても、2、3日は消化できていなかったりする。長期休暇と言ってもお盆と正月で消化してもせいぜい10日間だろう。しかし、年間で付与される有給休暇は20日間もある。なので、残りの10日間を残すなんてもったいない話である。

そこで、どうせ1日休めないのであれば、半休にして小刻みに取って行く。

残り10日間を全部半休にすれば、20日間が平日でも半日働かなくていい時間になる。半日であれば、仕事量の調節もできるので気楽にできるのではないだろうか。

 

半休取って残業代を稼ぐ*1、という手も

中には、9:00-17:00以降は残業と見なされる会社もある。

aristo-sr.com

その場合は半休も労働時間に入っているため、午前中に半休を取って午後出社して20時、21時まで働いたとしよう。そうすると、17時以降が残業と見なされる。

しかしながら、自分も周囲も残業している感覚はない。なぜなら、半休しているのだから。なので、上司に「残業しすぎ!」と咎められることがないのである。

逆に休みに対して気を遣う人もいると思う。しかし、半休だと半分出社して仕事しているわけだし、気兼ねすることがない。

半日休暇をとって家族と過ごすのもいいし、通常通り出勤して午前なり午後なり一人の時間を過ごすのもいい。家族がいる人にとってはおそらく終日休みをとるより自由度が増すのではないだろうか。

仕事のスケジュールが調整できなかったり、周りがうるさかったり。だけども、有給休暇は国の規定なんだから会社がどうこういう権利はない。だから、使うべきなのである。

*1:1日のうち8時間以上就労しないと残業と見なさないところもあるので、そこは会社の規定をよく見ておくべき。

自分をカッコよく見せるサングラスの選び方

連日、日差しの強い日が続きます。で、街でもちらほらサングラスをかけてる人を見ますが、女性は日傘の方が多いかな。私はどちらかというと日傘よりサングラス派。日傘だと、路面の照り返しで日焼けを完全に防ぐことが難しい。それに目の周りは皮膚が薄いので、シミソバカスができやすい。なので、会社に行くときも、行き帰りはサングラスをかけます。

 

そんな私がサングラスを購入するときに必ずチェックする条件みたいなものがありまして…

それをお教えします!(←いらんやろ)

 

サングラスは眉毛に被るのが基本、という野口強の教え

その昔、キムタクのスタイリストとして、中山美穂松たか子の元カレとして、男性ファッション誌全盛期を牽引したおしゃれ番長、野口強氏がこう言ってました。

「サングラスは眉毛に被るくらいのものを選ぶべき」

と。それ以降、私はおしゃれ番長のいうことを素直に聞き、サングラスを選ぶ時は眉毛に被らなきゃおしゃれじゃない!と思っておりました。今でもそうです。

 

とはいえ、日本人(というか私)にあうサングラスがなかなかない…

残念なことにレイバンをはじめとする海外ブランドしかり、JINSzoffしかり、眉毛に被るフレームがほんの一部しかなかったりするんです。何でだろ??

欧米人は、目と眉の間が狭いからそれで隠せるかもしれないけれど、アジア人は眉毛と目の間が開いている人が多いのでフレームからはみ出している人が多いです。(サングラスかけてる読者モデルを意識して見たらわかります)

そこで最近、眉毛に被るフレームがわんさかあるブランドを奇跡的に見つけた。それがジェントルモンスターです!

www.gentlemonster.com

今をときめく韓国発のブランドなんですが、好きだからいいじゃない!好きに国境も情勢悪化も関係ない!!

で、先日トランスレートで寄った仁川空港の免税店で試着したところ、しっくりくるんだな、これが。まず大半のグラスの面積が広く、縁も太い。なので、眉毛に被るという条件を難なくクリア。あと柄も可愛いし、フォーマルにあうデザインから遊び心のあるデザインまで多種多様。そしていずれも試着して何だかサマになってる(笑)

価格はそこそこしますが、レイバンやブランド物のサングラスよりは少しお手頃。日本だと通販以外での取扱店舗がないので残念…(韓国以外だとロンドンに店舗があるみたい)

アマゾンや楽天、バイマではいくつか売ってるみたいだが、試着したいよねー 

 

 

ズーイー・デシャネル vs ズーイー・デシャネル

もう、何回見直しているだろうか…。ズーイー・デシャネルが可愛くて。ファッションも、仕草も、声も、たまに歌うところなんかも。ズーイーといえば、代表作で思い浮かぶのが「500日のサマー」と「イエスマン」だが、「500日のサマー」のズーイーがかわえぇという声をよく聞くので、ちょっと書いておこうと思う。

 

モテキャラでサバサバしていて夢を見させてくれる小悪魔を演じる「500日のサマー」

もしかしたら男のあるあるを体現しているからこそ、女のキュンキュンしたい思いを体現しているからこそ、この映画がヒットしたのかもしれない。

女の視点で見ると、レコードショップに一緒に行ったり、ダイナーでご飯を食べたり、イケアデートしたり。そんな女の付き合い始めの理想のシーンが描かれている。そして、極め付けが男が女に夢中であること。女は男に追いかけられたいのが、生物の性としてあるのかもしれない。

かたや男視点。(私は一応、女なんですけども)可愛い女をどこまでも追いかけたい。気になっていた女がちょっとでも振り向いた時の嬉しさ。いつもは清楚な感じなのに、二人でいるときに見せる大胆さ。猫のようにときにそっぽをむく、理解できない女心。振られて断ち切ろうと思っても、ふと考えてしまう、どうしようもない気持ち。

こんなシーンのひとつひとつに、

男は、あるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるーーーーーと思い、

女は、キュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンーーーーーと思ってしまうのではないだろうか。

 

とにかく一緒にいたらハッピーに思わせてくれる不思議ちゃんを演じる「イエスマン

離婚してしばらく経ってるのにメンタルがやばい主人公と、彼の前に突如あらわれた不思議ちゃん。彼女はバンドをやったり(ファンは少ないが)、絵を書いたり、写真を撮りながらランニングをするワークショップを開いたり、とにかくマイペースでいつもニコニコ。主人公は彼女のそんなところに惹かれていく訳なのですが、後半(ネタバレ)、不思議ちゃんと思っていた彼女が実はしっかりした意見を持っていたり、不安や悩みもあることを打ち明けます。またここでズキューンてくるじゃないですか。前妻との離婚や暗い自分のことでウジウジして、前に進めなかった主人公が自分の気持ちに素直に向き合って見つけた答え、それが彼女と付き合うことだったんですよねー。

あらすじは、何でも「イエス」と答えておけばいいことがある、というインチキ自己啓発を信じた主人公の話なんですが。(なんだかワーキングプアを牽引するどこかの社長の挨拶みたいだな)「イエス」「イエス」ばかり言ってもダメってことは周りの友人もわかってる訳ですよ。それを忠告しても、なかなか聞かない主人公。そこで彼女は、自分に対しての「イエス」は、主人公の意思ではなく、自己啓発からくる「イエス」だったのね(怒)と憤慨します。(←まぁ、そりゃそうだろ)そんなこんなのドタバタエピソードがあって、たどり着いた答え…それはネタバレになるから言わんが。ズーイーの出演シーンは少ないものの、出てくるたびにキャワイイです。あと、バンドの歌い方もサイコー。

 

私は断然「イエスマン」派。でも結構「500日のサマー」の方が人気

どちらのズーイーが可愛いかというと、私は断然「イエスマン」ですね〜。服のセンスも歌のセンスも、ランニングしているヘルシーさも可愛すぎる。早送りしてズーイーが出ているところだけ観てます、はい。それで、楽しいことをいっぱいしたい感がすごい。まぁ、主人公のジム・キャリーも元コメディアンだけに自暴自棄になった時のリアクションが面白いから、ていうのもあるのだが。

「500日のサマー」は、主人公がね…。いい俳優なんだけど、ウジウジ考えすぎだろ!と観ていてイライラしてくるんです…ファンの人、すみません。なんか、「女はサマー(←ズーイーの役の名前ね)だけじゃねー!さっさと他の女見つけろ!」て思ってしまう。それに、楽しいデートシーンのところどころに噛み合わない部分を匂わせる一幕があります。それ観ると結構最初からサマーには「こいつないな」と思われていたような。対して主人公は、自分の理想にサマーを無理やり当てはめていたような、そんなちょっと切ない感じがするのです。

なにはともあれ、どちらのズーイーも可愛いんだけど、役どころの性格が違うだけに観た人の好き嫌いが分かれるはず。ぜひどちらもご覧あーれー。

 

ちなみに毎度美声を披露する彼女。バンド( ジャネール・モネエ並みに人気)もやっていていくつかアルバムも出しているからそれを聴くのもいい。何だろう、あの甲高くない歌声で、ロックとポップとカントリー調でうまいんだな、これが。

 

 Spotifyでも聴けるよー 

https://open.spotify.com/playlist/0aD1e9ixuESUbgNMj5ygwW?si=swnJIugwRLaUW2FxEmNrOw

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Volume 3

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