ひらきなおり日記

ロスジェネのライフ

意外と気付かない。有休が不労所得であることを

不労所得」それは、魔法の言葉。検索して意味を調べてみると、印税や家賃収入、株、年金、ベーシックインカム悪徳商法の謳い文句などと書いてある。

ということは、会社勤めをしている人であれば、そのいずれかを該当しないと手にできない代物のように感じる。しかーし。よーく考えて見たら、会社員になるだけで与えられる不労所得があるんです。

答えは簡単で、「有給休暇」のこと。働いていなくても、賃金が発生する日です。

けれど、有給休暇を完全に消化したことある人はおそらく少ないでしょう。

 

労働時間の短縮と同時に給与も減った、と嘆く前に

4月の働き方改革施行によって、去年以上に労働時間の管理が厳しくなってきている。仕事の量は変わらないのに時間だけが制限されているため、早朝出勤やランチ時間を抜いて(ながらで)仕事に集中する人もいるようだ。また、仕事における疲労感の軽減に合わせて給料が減った、と嘆く人も多いのではないだろうか。

gendai.ismedia.jp

これまでの日本の就労制度は、「残業してナンボ」という工数重視の考え方があった。

なので、余暇が増えれば給与が減る、給与が増えれば余暇が減る、というシーソーゲームの考え方に固執すれば、現在の働き方にも不安を感じるだろう。
理想は、一個人に対してのバリューに対する対価がそのまま給与に反映されることだが、社長クラスにならない限り、人事制度を変えることはできないし、たとえ社長クラスでも稟議を通すのに時間がかかる。
だからといっておずおずと従うとストレスになるだけ。では、どうすればいいのか。

 

こーなったら、働く環境をフル活用するべき

こうやって、国の制度やら会社の体制をウジウジ考えていたら(←それは私だけか?)、仕事するのがバカバカしくなりません?

会社で働く目的は、生活するための資産、つまりお金を儲けることが最大の目的。けれど、限度(額)がある。

いくらパフォーマンスを見せたところで柔軟な会社でない限り、給与に青天井ではないのです。(特に日本の会社は)

だからといって、そのまま働くのも悔しい。だからこそ、お金に変わる何か、を探すんです。

それが、どこの企業にもある「福利厚生」と言われるもの。

 

今でこそ「有給休暇」のあり方を見直すべき

中でも、私たちがよく知っているのに、実はフル活用していない福利厚生がある。それが、「有給休暇」なのだ。かくいう私も、有給休暇を完全消化したことはない。

かなり頑張っても、2、3日は消化できていなかったりする。長期休暇と言ってもお盆と正月で消化してもせいぜい10日間だろう。しかし、年間で付与される有給休暇は20日間もある。なので、残りの10日間を残すなんてもったいない話である。

そこで、どうせ1日休めないのであれば、半休にして小刻みに取って行く。

残り10日間を全部半休にすれば、20日間が平日でも半日働かなくていい時間になる。半日であれば、仕事量の調節もできるので気楽にできるのではないだろうか。

 

半休取って残業代を稼ぐ*1、という手も

中には、9:00-17:00以降は残業と見なされる会社もある。

aristo-sr.com

その場合は半休も労働時間に入っているため、午前中に半休を取って午後出社して20時、21時まで働いたとしよう。そうすると、17時以降が残業と見なされる。

しかしながら、自分も周囲も残業している感覚はない。なぜなら、半休しているのだから。なので、上司に「残業しすぎ!」と咎められることがないのである。

逆に休みに対して気を遣う人もいると思う。しかし、半休だと半分出社して仕事しているわけだし、気兼ねすることがない。

半日休暇をとって家族と過ごすのもいいし、通常通り出勤して午前なり午後なり一人の時間を過ごすのもいい。家族がいる人にとってはおそらく終日休みをとるより自由度が増すのではないだろうか。

仕事のスケジュールが調整できなかったり、周りがうるさかったり。だけども、有給休暇は国の規定なんだから会社がどうこういう権利はない。だから、使うべきなのである。

*1:1日のうち8時間以上就労しないと残業と見なさないところもあるので、そこは会社の規定をよく見ておくべき。

自分をカッコよく見せるサングラスの選び方

連日、日差しの強い日が続きます。で、街でもちらほらサングラスをかけてる人を見ますが、女性は日傘の方が多いかな。私はどちらかというと日傘よりサングラス派。日傘だと、路面の照り返しで日焼けを完全に防ぐことが難しい。それに目の周りは皮膚が薄いので、シミソバカスができやすい。なので、会社に行くときも、行き帰りはサングラスをかけます。

 

そんな私がサングラスを購入するときに必ずチェックする条件みたいなものがありまして…

それをお教えします!(←いらんやろ)

 

サングラスは眉毛に被るのが基本、という野口強の教え

その昔、キムタクのスタイリストとして、中山美穂松たか子の元カレとして、男性ファッション誌全盛期を牽引したおしゃれ番長、野口強氏がこう言ってました。

「サングラスは眉毛に被るくらいのものを選ぶべき」

と。それ以降、私はおしゃれ番長のいうことを素直に聞き、サングラスを選ぶ時は眉毛に被らなきゃおしゃれじゃない!と思っておりました。今でもそうです。

 

とはいえ、日本人(というか私)にあうサングラスがなかなかない…

残念なことにレイバンをはじめとする海外ブランドしかり、JINSzoffしかり、眉毛に被るフレームがほんの一部しかなかったりするんです。何でだろ??

欧米人は、目と眉の間が狭いからそれで隠せるかもしれないけれど、アジア人は眉毛と目の間が開いている人が多いのでフレームからはみ出している人が多いです。(サングラスかけてる読者モデルを意識して見たらわかります)

そこで最近、眉毛に被るフレームがわんさかあるブランドを奇跡的に見つけた。それがジェントルモンスターです!

www.gentlemonster.com

今をときめく韓国発のブランドなんですが、好きだからいいじゃない!好きに国境も情勢悪化も関係ない!!

で、先日トランスレートで寄った仁川空港の免税店で試着したところ、しっくりくるんだな、これが。まず大半のグラスの面積が広く、縁も太い。なので、眉毛に被るという条件を難なくクリア。あと柄も可愛いし、フォーマルにあうデザインから遊び心のあるデザインまで多種多様。そしていずれも試着して何だかサマになってる(笑)

価格はそこそこしますが、レイバンやブランド物のサングラスよりは少しお手頃。日本だと通販以外での取扱店舗がないので残念…(韓国以外だとロンドンに店舗があるみたい)

アマゾンや楽天、バイマではいくつか売ってるみたいだが、試着したいよねー 

 

 

ズーイー・デシャネル vs ズーイー・デシャネル

もう、何回見直しているだろうか…。ズーイー・デシャネルが可愛くて。ファッションも、仕草も、声も、たまに歌うところなんかも。ズーイーといえば、代表作で思い浮かぶのが「500日のサマー」と「イエスマン」だが、「500日のサマー」のズーイーがかわえぇという声をよく聞くので、ちょっと書いておこうと思う。

 

モテキャラでサバサバしていて夢を見させてくれる小悪魔を演じる「500日のサマー」

もしかしたら男のあるあるを体現しているからこそ、女のキュンキュンしたい思いを体現しているからこそ、この映画がヒットしたのかもしれない。

女の視点で見ると、レコードショップに一緒に行ったり、ダイナーでご飯を食べたり、イケアデートしたり。そんな女の付き合い始めの理想のシーンが描かれている。そして、極め付けが男が女に夢中であること。女は男に追いかけられたいのが、生物の性としてあるのかもしれない。

かたや男視点。(私は一応、女なんですけども)可愛い女をどこまでも追いかけたい。気になっていた女がちょっとでも振り向いた時の嬉しさ。いつもは清楚な感じなのに、二人でいるときに見せる大胆さ。猫のようにときにそっぽをむく、理解できない女心。振られて断ち切ろうと思っても、ふと考えてしまう、どうしようもない気持ち。

こんなシーンのひとつひとつに、

男は、あるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるあるーーーーーと思い、

女は、キュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンキュンーーーーーと思ってしまうのではないだろうか。

 

とにかく一緒にいたらハッピーに思わせてくれる不思議ちゃんを演じる「イエスマン

離婚してしばらく経ってるのにメンタルがやばい主人公と、彼の前に突如あらわれた不思議ちゃん。彼女はバンドをやったり(ファンは少ないが)、絵を書いたり、写真を撮りながらランニングをするワークショップを開いたり、とにかくマイペースでいつもニコニコ。主人公は彼女のそんなところに惹かれていく訳なのですが、後半(ネタバレ)、不思議ちゃんと思っていた彼女が実はしっかりした意見を持っていたり、不安や悩みもあることを打ち明けます。またここでズキューンてくるじゃないですか。前妻との離婚や暗い自分のことでウジウジして、前に進めなかった主人公が自分の気持ちに素直に向き合って見つけた答え、それが彼女と付き合うことだったんですよねー。

あらすじは、何でも「イエス」と答えておけばいいことがある、というインチキ自己啓発を信じた主人公の話なんですが。(なんだかワーキングプアを牽引するどこかの社長の挨拶みたいだな)「イエス」「イエス」ばかり言ってもダメってことは周りの友人もわかってる訳ですよ。それを忠告しても、なかなか聞かない主人公。そこで彼女は、自分に対しての「イエス」は、主人公の意思ではなく、自己啓発からくる「イエス」だったのね(怒)と憤慨します。(←まぁ、そりゃそうだろ)そんなこんなのドタバタエピソードがあって、たどり着いた答え…それはネタバレになるから言わんが。ズーイーの出演シーンは少ないものの、出てくるたびにキャワイイです。あと、バンドの歌い方もサイコー。

 

私は断然「イエスマン」派。でも結構「500日のサマー」の方が人気

どちらのズーイーが可愛いかというと、私は断然「イエスマン」ですね〜。服のセンスも歌のセンスも、ランニングしているヘルシーさも可愛すぎる。早送りしてズーイーが出ているところだけ観てます、はい。それで、楽しいことをいっぱいしたい感がすごい。まぁ、主人公のジム・キャリーも元コメディアンだけに自暴自棄になった時のリアクションが面白いから、ていうのもあるのだが。

「500日のサマー」は、主人公がね…。いい俳優なんだけど、ウジウジ考えすぎだろ!と観ていてイライラしてくるんです…ファンの人、すみません。なんか、「女はサマー(←ズーイーの役の名前ね)だけじゃねー!さっさと他の女見つけろ!」て思ってしまう。それに、楽しいデートシーンのところどころに噛み合わない部分を匂わせる一幕があります。それ観ると結構最初からサマーには「こいつないな」と思われていたような。対して主人公は、自分の理想にサマーを無理やり当てはめていたような、そんなちょっと切ない感じがするのです。

なにはともあれ、どちらのズーイーも可愛いんだけど、役どころの性格が違うだけに観た人の好き嫌いが分かれるはず。ぜひどちらもご覧あーれー。

 

ちなみに毎度美声を披露する彼女。バンド( ジャネール・モネエ並みに人気)もやっていていくつかアルバムも出しているからそれを聴くのもいい。何だろう、あの甲高くない歌声で、ロックとポップとカントリー調でうまいんだな、これが。

 

 Spotifyでも聴けるよー 

https://open.spotify.com/playlist/0aD1e9ixuESUbgNMj5ygwW?si=swnJIugwRLaUW2FxEmNrOw

CLASSICS

CLASSICS

 
Volume 3

Volume 3

 

津田大介は21世紀のデュシャンになりたかったのか

「表現の不自由展 その後」について。

ネットニュースで収まらないくらい炎上しているニュースだが、このような事例は初めてではない。

 

アートと公的資金の問題は昔からあった

日本ではあまり知られていないが、20年ほど前にニューヨークブルックリンで開催された「センセーション展」でも市長が開催に物申した経緯がある。

センセーション展は、ロンドンのチャールズ・サーチ(広告代理店サーチ&サーチの創業者)が運営するサーチギャラリーが主催して、ロンドン、ベルリン、ニューヨーク、オーストラリア(中止)を巡回した展覧会である。

 

チャールズ・サーチは、当初、アンディ・ウォーホルやリチャード・セラなどの作品を購入していたが、地元の若手アーティストが売れない中で刺激的な作品を発表していると聞きつけ、真っ先にパトロンになった人物である。

サーチギャラリーのお墨付きをもらった若手アーティストは、のちにヤング・ブリティッシュ・アーティストという総称で世間を賑わせた。中にはサメや牛のホルマリン漬けで有名になったダミアン・ハーストなど、大きく注目された作家が大勢いる。彼らは、ギャラリーではなく倉庫を利用してレイブパーティーさながらの展示を行っていた。その様子がマスコミに広く紹介され、大規模な展示を行うまでになった。

 

肝心のセンセーションの展示は、というと幼児連続誘拐殺人事件の犯人の肖像画を展示し、被害者遺族から抗議を受け、しまいには観客にペンキを塗られるなどの事件に発展した。また、ニューヨークブルックリン美術館での展示については、作品の一つに象の糞を用いて聖母マリアを描いた作品に、当時のニューヨーク市ジュリアーニが激怒。美術館への援助を打ち切るなどほのめかし、訴訟問題までになった。

 

「センセーション」展 | 現代美術用語辞典ver.2.0

www.saatchigallery.com

 

とはいえ、サーチギャラリー側からしてみれば、この展覧会は成功だったのかもしれない。当時は、サッチャー政権下で美術への公的資金の削除や美術商への関心のなさから、イギリス・ロンドンのアーティストたちの活躍の場が下火になって行った時期。にも関わらず、開催したチャールズ・サーチおよびヤング・ブリティッシュ・アーティストは、公的資金に頼らず民衆の心を惹きつける展覧会を行ったのだから。


津田大介デュシャンになりたかったのか

センセーションのような物議を醸す、つまり炎上させるアートの始まりは、マルセル・デュシャンの「泉」であろう。

マルセル・デュシャンは作品数は多くないものの、この「泉」一点で20世紀最大の芸術家と言われるようになった。

 

この作品は、ニューヨークで行われた独立芸術協会が主催する「ニューヨーク・アンデパンダン」展に出展予定だった作品である。

 

デュシャンはこの展示の審査員であったが、「R.Mutt」という偽名を使って既成の陶器の男性用小便器を出品した。この展示会は出品料を支払えば、誰もが展示できることをルールとしていたが、協会側がデュシャン、すなわちR.Muttの作品だけは出展の許可を下さなかった。それにデュシャンが反論し、審査員を辞任。「アートとは何か」という今まで問われて来なかった既成概念に初めて問題提起をした作品となった。

(ちなみに、この作品は噴出。現在はレプリカが17点存在しているという)

 

あいちトリエンナーレの問題がネットニュースで流れ始めた時、真っ先にこの二つの事例を思い浮かべた。

作品は自分で作成してはいないものの、民衆がどのような反応をするかを計算して話題にする。そのような手法はよく似ている。

 

問題は自分でやってないってこと

あいちトリエンナーレが上記2点の事例と違うのは、

  • プロデューサーが企画して作家が出品しただけ
  • 公的資金が投入されている

である。そして、プロデューサーである津田大介はアートを政治的なメッセージと履き違えていたのかもしれない。「表現の不自由」というが、置かれるべき場所が違っただけで、タイミング、コンセプトを変えれば展示はされていたのでは、と思う。

それに、おそらく津田大介は作品を見てもらうよりも、この企画すごいでしょ、企画した自分すごいでしょ、と言いたかった気がしてならない。

 

なんだか有識者がワーワー言ってるけれどそれに影響されずに、自分にとってアートとは何か、どんなことがアートなのか、と判断して、自分の好きな作品を見ればいいにすぎない。今回のことは、観客にとっても自分の好きなアートを否定されたような、表現の不自由を感じたのではないだろうか。

 

 

 

免税店でも価格に違いがある!どこの空港で買うかがキモ

ベトナムへ、ソウルの仁川空港経由で行った時のこと。私は事前に仁川空港の免税店で買いたいもの(財布なのだが)を決めていた。仁川空港は、まだ新しく世界的に見ても広くて有名な空港。もちろん免税で有名なロッテが入っているため空港内の免税店も充実している。

 ところが、なんと成田空港で買い物を済ませてしまった。

 

肝心なのは仕入れ値

たまたま、成田で搭乗前に時間があったので、免税店をウロウロする機会があった。すると仁川空港で購入しようとしていたブランドの財布があるではないか!とりあえず、値段を見ておこう…そうやって手にとって見ようとしたところ、店員さんに捕まった。

私「あのぉ、これからソウル経由でベトナムに行くんですけど、このお財布ってあちらでも購入できますよね」

店員「はい、新作ですからあると思いますよ。在庫によりますが…ただ、ソウルは日本円で換算するとちょっと高くなってるみたいです」

私「え!?どういうことですか?」

店員「相場は変動するので、今はわかりませんが、ちょうどここのスタッフで1週間前にソウルで買い物した者がいるんですけど、日本の免税の方が安いって言ってました。

国によって仕入れ値が違うみたいで」

それを信じて結局成田で購入し、仁川に向かった。結果、仁川でも同じ財布を売っていたが、ドル表示で日本円にすると多少高かった。 

 

日本の税込価格に騙されるなっ

…そう。日頃は日本円、しかもブランド物になると税込表記で価格を見ているので、免税されるとそれだけで安く感じる。しかし差額を計算すると、日本と同じ、ということにはならないのである。10月から消費税が10%になるため、さらに免税で購入した時のおトク感はひとしおだが、後々クレカの請求書を見たら「あれ?意外と高かったな」と思うかもしれない。なので、海外で購入する時は、必ず現地の相場がいくらなのかをチェックしておいた方が良い。

例えば、今回行った韓国の場合は、ウォンとドルの相場を事前に調べることをオススメする。ドルは空港の免税店だとドルで表示されていることが殆んどだからだ。また、支払いの際にクレカであっても「ドルで支払いますか?ウォンで支払いますか?」と聞かれる場合がある。その時に、円安ドル高だったらドルを選択すればいいし、円安ウォン高だったらウォンを選択するのがいい。

ドルやユーロだと相場がすぐにわかるが、それ以外の国の通貨を計算するとややこしさが生じる。おそらくウォンを利用している人も円で相場を考えるのには少し時間が必要だろう。

その場合は、ドルを基本として、1ウォンが何ドルなのかが分かれば、計算がしやすく大体の相場もその場でわかる。

 

とはいえ、免税+セールが最強

それでももっと安く手に入れる方法は、免税店でセール時期である。欲しいものが決まっている場合は避けた方がいいが、掘り出し物に期待するのであればセールを狙うのが一番である。

日本はセールでも50%オフをあまり見ないが、海外だとすぐに70〜80%オフになることが多い。しかも、サイズも小さいものが残っていることがある(日本は小さいものからなくなっていく)。

 

これから輸入物は海外で買う方がいいかもね

これから、輸入物を購入する時には円を中心に考えない方がよいかもしれない(消費税も上がるし!)。その場合は、現在世界で最も強い通貨であるドルとユーロを中心に相場をチェックして、円ドル、円ユーロで考えてみて購入を検討した方がよいかもしれない。

 

Tokyo art book fairの敷居が高すぎて、アプリ「base」をマジマジと見つめてしまった

先週、Tokyo art book fairに行ってきました。

tokyoartbookfair.com

Tokyo art book fairとは、2009年から始まったアート系出版に特化した日本最大のブックフェア。

もともとzinemateという個人のリトルプレスを交換しあうイベントから派生したのが始まり。そのため自費出版や無名に近い作家たちの本を販売する独立系出版社が中心で、イメージでいうとコミケのアート版。とはいえ、この光景が年々変わってきている感じがする。大手の参入もあったりで、すごく敷居が高くなっているような。有名な著者が営業にきてサインをしているような。そして「これ蔦◯書店とかヴィレバンで売ってんじゃん…」「Amazonで買えるじゃん…」という本が並ぶ。決してここでしか買えない、というのが少なくなっている。

その理由は、おそらく出展料金だろう。

tokyoartbookfair.com

出版社、ギャラリーで

Table (1,800 x 600 mm): 48,600円 (税込)〜

個人、独立系出版社で

1/2 Table (750×450 mm) [4 Days] : 27,000 円(税込)〜

絶対に少人数の参加では難しい金額である。

このブックフェアはアメリカで始まり、台湾や香港でも開催されていて、海外からも出展が多くあった。今年は台湾や香港が多かった気がする。 

人気の作品は、やはり…

たくさんの人がごった返す中で人気のブースはやはり人気作家が在籍しているところ。

そこはサインをもらいたいファンで行列ができていた。暇そうなところは、海外から出展している出版社(特にアメリカ)。本が大きく価格が高い上に、英語だからというのが理由だろう。そんな光景を見ていると、もはやお金のない作家のモチベーションを下げるように思えた。リトルプレスなんてもともとお金のない人間がガリ版紙に印刷してホッチキスで止めて売り始めたのが始まりなのに。(ちなみにzineは客が価格を決めるという仕組み)

時代変われば売り場も変わる

その時ハッと浮かんだのが、アプリ「base」である。

thebase.in

 baseは一見メルカリやラクマに似ているけれど、既製品の売買というよりどちらかというと簡易のネットショップが立ち上げられる。イベントで出展しているようなケータリング雑貨などのアプリ版というか。なので、出店の大半は手作りの雑貨やアクセサリー、洋服、そしてリトルプレスを販売できる。しかも写真を添付し価格、テキストを入力して終わり、というだけでなく、数あるテンプレートからオリジナルデザインのショップサイトが作れたりする。それに、撮影した商品をインスタにアップして販促に繋げられるアプリも用意されている。買うアプリ、売るアプリ、インスタに載っけるアプリ、とアプリのダウンロードがそれぞれに違うのでDLがちょっと面倒だが、設定方法は従来のメルカリやラクマと変わらないし、入力フォームもわかりやすいので、いたって簡単。

成功のカギは自分の立場が今どこかを知ること

art book fairとbase。二つの売り場を比較して見えてくるのは、作者に合った売り方である。有名作家や知名度のある出版社は、art book fairに出展するべきだが、まだまだ認知が低い、もしくは無名の作家が出展すると相当インパクトがなければ失敗する可能性が高い。しかし、有名作家がbaseを利用すると「なんで?」と思われるだろう。そこは、自身のブランドに対する意識の問題である。

有名でも無名でも売り上げに大差ないのでは?

とはいえ、売り上げはどうか。こればっかりは、どちらもコンセプトに左右されるとしか言いようがないが、そのことを抜きにしても大きな差はない気がする。

art book fairは、まず一人で進行するのが難しい。たとえ個人で出展したとしてもブースエリアの問題だとか、何かしら主催スタッフとのやりとりがある。そしてスペースだけでなくテーブルや周辺の飾り付け、何より作品の印刷などコストがかかる。しかし、知名度がある程度あれば、開催3日間で元が取れるだろう。baseは、コストと時間はかからないものの、相当インパクトがなければ売れるまでに時間がかかるだろう。

 

人、時間、経費。この3つを比較すると、どっちもどっちである。ただ、今の自分はどちらが合っているか。そこを客観的に見極めることがうまく軌道に乗せるための第一歩な気がする。

 

なぜ、ブログに「ロスジェネ」とつけたか

ブログを見直した。

最初はストレス発散で書いていたけど、どうも引きがよくない。

 売れてる人のブログを読んだりもしたけど、売れる決め手がどうもよくわからない。

 読まれるコツは「自分の経験した知見を元にした内容が良い」などと言われていたりもしますが、そこに専門性がないといけない。

 

 …専門性ねぇ。

 

長く生きているけど、大した体験してない。

日劇的なことが起こるわけでも、拡散できるようなナレッジが手に入るでもない。

もしかしたら遭遇してるのかもしれない。でも、気づいていない。

気づくほど関心がないのかもしれない。

 

それに、書いたところで自分が楽しいかどうか。続けられるのかどうか。一番はそこよね… 

 

そこで考えた…考えた…考えながらスマホいじってた…ネットニュース見倒していた…

すると、私しか(じゃないと思うけど)書けない題材を発見!

 

それは、

ロストジェネレーション。

事実、ど真ん中に生まれたわけだし。

 あの未来の見えない混沌とした時代を、生き抜いて、今のキラキラした世代を受け入れて(おそらく)、良くも悪くも運の悪かった世代です、はい。

それにそれになんだか横文字でかっこいい響き…

 

そして、不思議とあの世代のカルチャーの消費量が現在に至るまでハンパなく多い気がする。

 

お金がないのに、Supremeなんて比ではないくらいストリート系ブランドは行列できたし、CDだって買いまくってた。Windows97だのMacBookだのが破格の値段だったけど、給料の何ヶ月分かを叩いて購入し、今では考えられないような起動に1分以上かかるADSLのストレスを受け入れていた。フェスが流行りだしたのもロストジェネレーションが二十歳くらいのとき。

雇用なんてほとんどなく、非正規雇用の「フリーター」という職業が市民権を得ていた時代。本当にお金がない若者が、なぜあんなにモノやコトに執着し、エネルギーを使っていたのか。

 

混沌とした時代を楽しく生きる術をロスジェネの視点で書いていければなー、と思う。